2024-03-01から1ヶ月間の記事一覧

胸の中には濁流が流れているのに、今わたしの手はここ20年の中でいちばんすべすべしています。お医者さんは「どうしたの、何かいいことあった?」とわたしに尋ねる。胸をひらいてこのどろどろを見せられたらいいのに。わたしの身体も、わたしの心も、わた…

池垣くん

楳図かずお『漂流教室』 人生が詰んだと思っているひとのことを「無敵の人」と言うけれど、わたしたちはいつかどうせ死ぬという意味においては全員「無敵の人」だ。その暴力的なまでの確かさを自覚し続けてはじめて、「無敵の人」としてのエネルギーをどう照…

夜、部屋の窓から月を眺めて、深夜のラジオだけを友だちに、ぽろぽろ泣いていた14歳のわたしへ伝えたいことは、あなたのその激情は20年経っても続いているということ、20年経ったいまもあなたは月を眺めて泣いている、それはとても豊かなことであり、…

眩しさ

眼科の検査では瞳孔をひらく薬をうつので、鏡でみるとわたしの目はフクロウみたいにまんまる、帰り道の世界は目があけていられないほどに眩しくなる。 調布へ向かうバスから見えるこの世界の中で、いちばん眩しいものは白線です。この街を暴力的に区切る白く…

あまりにも春

10年前に同じ学校で働いていた男性の先生は、いまも苦労を糧につつましく誠実に働いていて、成人した娘の写真を嬉しそうにわたしへ見せてくれた。深い皺のある乾燥したその手。先生は美しかった。森の中でしずかに朽ちていく木みたい。 わたしは生にしがみ…

不条理という言葉のあてはまるのは、この世界が理性では割り切れず、しかも人間の奥底には明晰を求める死に物狂いの願望が激しく鳴りひびいていて、この両者がともに相対峙したままである状態についてなのだ。 わたしはこの不条理な世界に理性でもって触れた…