計画停電のよる、わたしの街の消えた信号でひとが死んだ。でもね、ひるの電車、蛍光灯を消したその車内がどんなに美しかったかをわたしは知っている。窓から次から次へと差し込む光とうつり変わってゆく影がみんなの身体を撫でていたんだよ。

若葉

道端の雑草、知らないひとの家の生垣、公園に雑然と生えた木々の、若葉が芽吹いていますね。若葉はつやつやしていて、まるで赤ちゃんを見たときのように、「若いってそれだけでうつくしい」と思います。子どものころから若葉が芽吹くと、陽の光を反射するく…

わたしと一緒にいるひとが涙する。わたしといると涙する。自己中心的な言動によって、悲しい思いを生み出すわたしには、ひとと生きる資格がない。そうしてわたしはまた本を手にとる、バディウを、ホネットを、奥村隆を。「ひとと生きるにはどうしたらいいの…

胸の中には濁流が流れているのに、今わたしの手はここ20年の中でいちばんすべすべしています。お医者さんは「どうしたの、何かいいことあった?」とわたしに尋ねる。胸をひらいてこのどろどろを見せられたらいいのに。わたしの身体も、わたしの心も、わた…

池垣くん

楳図かずお『漂流教室』 人生が詰んだと思っているひとのことを「無敵の人」と言うけれど、わたしたちはいつかどうせ死ぬという意味においては全員「無敵の人」だ。その暴力的なまでの確かさを自覚し続けてはじめて、「無敵の人」としてのエネルギーをどう照…

夜、部屋の窓から月を眺めて、深夜のラジオだけを友だちに、ぽろぽろ泣いていた14歳のわたしへ伝えたいことは、あなたのその激情は20年経っても続いているということ、20年経ったいまもあなたは月を眺めて泣いている、それはとても豊かなことであり、…

眩しさ

眼科の検査では瞳孔をひらく薬をうつので、鏡でみるとわたしの目はフクロウみたいにまんまる、帰り道の世界は目があけていられないほどに眩しくなる。 調布へ向かうバスから見えるこの世界の中で、いちばん眩しいものは白線です。この街を暴力的に区切る白く…

あまりにも春

10年前に同じ学校で働いていた男性の先生は、いまも苦労を糧につつましく誠実に働いていて、成人した娘の写真を嬉しそうにわたしへ見せてくれた。深い皺のある乾燥したその手。先生は美しかった。森の中でしずかに朽ちていく木みたい。 わたしは生にしがみ…

不条理という言葉のあてはまるのは、この世界が理性では割り切れず、しかも人間の奥底には明晰を求める死に物狂いの願望が激しく鳴りひびいていて、この両者がともに相対峙したままである状態についてなのだ。 わたしはこの不条理な世界に理性でもって触れた…

哀れなるものたち(2023)-IMDb わたしが「わたし、ずっとこうして勉強したり研究したり制作したりして生きていたいです」と言うと、ひとが「そりゃあ誰だってそんなことができるならしたいでしょ」と笑う。「できるならしたい」けれども「しない」という、…

わたしを見て、わたしを見るな

かぐや姫の物語(2013)-IMDb 自分の女性性を貶めたいとき、短すぎるくらいに髪を切る。けれども一方でそのときわたしは、普段はつけないマスカラでまつ毛を伸ばし、いつもより薄いタイツを穿いてしまう。わたしは、自分の女を憎みながら愛することしかでき…

芸術/生きること

芸術の価値はあとからでないとわからない。言い換えると、表現行為の時点ではその価値をあらかじめ確かな目標として設定することができない。だから、そこには徒労感がある。むしろ、徒労感が伴わない芸術は疑った方がいいとさえ言える。徒労感が伴わないと…

その意味を慌ただしさに押し流してもらわないと耐えられない手紙は、朝にひらく、朝にひらくよ

ツィゴイネルワイゼン(1980)-IMDb リアリズム絵画を研究する青年がわたしに網膜上の問題を語る。わたしはきみの網膜に映っているのか、それとも。 わたしを語りの的にするひとは、わたしを語りの的にしているとき、わたしの中にどれくらい固有のわたしを見て…

それは輝いていて、苦しい

空気人形(2009)-IMDb 子どものとき、車の後部座席に座らされ、夜の高速道路を走るとき、外へ目をやると、次々に通り過ぎていく街灯のオレンジ色のひかりがまるで自分たちと並走しているみたいに思えて、ずっと眺めていた。 子どものとき、雨の翌日にはかなら…

わたしのしたいこと、紺色のロングコートを着て、紺色のモヘアのマフラーを巻き、脚を手塚治虫の描く女の子のようなフォルムにしてくれるブーツを履いて、お財布とハンカチと文庫本と櫛しか入らないサイズのバッグを持ち、ひとり電車に乗って、出かけてゆき…

冬の青

暴力的に青い冬の空を、翼のないホンダが見上げている、そのからだを同じ青でいっぱいにして。そこでなにを考えているの。 わたしは、自分のからだを、自分のものにしたい。行きたいところへ、行きたいときに、飛んでゆきたい。会いたいひとに駆け寄って、知…

死は一般化、類型化にも関わらず孤独で、生は特殊化、個性化にも関わらず連帯する。

苦しさの責任

わたしの責任とは、本質的に他人と分有されているものだ。なぜなら、危害はわたしたちの多くが容認された制度や実践の範囲内でともに行為することで引き起こされるもので、また、わたしたちの行為のなにが誰か特定の個人を苦しめている不正義のどの部分を引…

誰そ彼は

チャコールグレーの、20デニールのタイツを履くとき、肌色が透けて見える、その、オレンジとグレーの混ざったような色は、どういうわけか青みも感じる、まるで濁った夕焼けのようなんだ。わたしは、スリットの入ったスカートを履き、裂け目の中の、濁った夕…

嘘つきの眼

夕方、電車の窓際に立つときは、西日を眼の奥までいれてあげる。水晶体を光が貫通する。眼の底がよろこんでいるのがわかる。わたしの眼はひとより色が薄めで、茶色と、緑色と、黄色と、灰色を混ぜたような色をしている、だからなのか、世界がいつも眩しい。 …

くろいろの酒

許したまへ あらずばこその 今のわが身 うすむらさきの 酒うつくしき 与謝野晶子「みだれ髪」 今年一年をかけて、これまで見て見ぬふりをしてきた自分の諸問題に決着をつけようとしたら、想像していた以上にわたしは過去のわたしたちに恨まれていたようで、…

最近ずっと動悸がしているので常に吊り橋効果が適用されていて、出会うことすべてに恋をしてしまう

大江健三郎は、伊丹十三の自死に関してこう語ったといいます。 当人もあと三日我慢すれば、自殺願望が去ることくらい分かっていただろう。でも今の死にたい思いを大切にしたい、ということもあるのではないか。*1 おそらく、伊丹十三の自死を受けて書かれた…

峯田、わたしの世界が滅びてしまうよ

あの子を愛するためだけに、僕は生まれてきたの。あの子を幸せにするためだけに、僕は生まれてきたの。とってもとってもとってもとっても大好きで、とってもとってもとってもとっても切なくて。自転車の変速をいちばん重くして商店街を駆け抜けていくんだ。…

わたしは、友だちがほしい

日常の暮らしからは すっぱり切れて ふわり漂うはなし 生きてることのおもしろさ おかしさ 哀しさ くだらなさ ひょいと料理して たべさせてくれる腕ききのコックはいませんか 茨木のり子『清談について』より わたしは、友だちがほしい。茨木のり子のいう、…

運命愛の中で舵をとれ。それは矛盾しないから。それだけが希望だから。

世界の真理は我にあり

自分にとってばかばかしい仕事、自分にとって最もいやらしい下着をきていけば、ほとんどは乗り切ることができる。

大人になってまで

うすむらさき色の薬を飲んで今日のわたしを途絶えさせるのではなくて、今日という日のわたしの気持ちをかかえたまま、どこか別のせかいへ消えてしまいたい。大人になってまで、どうしてこんな気持ちになってしまうんだろう。わたしのあたまは、わたしだけの…

「わたしはいま生きている」

初夏の酷暑で枯れるときを逸し、ドライフラワーのようにずっとそこにこわばっていた紫陽花が、今日の雨を吸いこんで、6月みたいにうれしそうな顔をしていました。 9年ぶりに学問をしているわたしは、急速に人間性を回復していて、あまりにも美しい世界を彷…