入学式

4月から、9年ぶりに大学に通っています。   入学式、国旗があり、金屏風があり、前にずらりと並ぶ大学の要職たちはみな高齢の男性だった。入学前に仕立てたのであろう黒のリクルートスーツに身を包んだ新入生たちは、等間隔に並べられたパイプ椅子に静かに着席していた。

 

思いかえせば、もう10年以上も前、美術大学の入学式。わたしははじめての一人暮らし、さみしさではりさけそうな身体を、母からもらったシフォン生地のワンピースに包んで、玉川上水沿いを歩きひとり学校へ向かった。    体育館の中は、外の光が入り込まないよう暗幕が閉じられていて、無数の角材を交差させてつくられたステージが、在学生の焚く青や黄色のライトに照らされていた。見上げると、天井は、とてもとても大きな、つやのある、水色の布で覆われていて、垂れさがらないよう体育館を横断する形で張られた数本の紐によって、それはまるでクリストの作品のように波うっていた。プログラムに国歌はなく、戯画化された学長が踊るアニメーションとともに校歌だけが斉唱された。式のおわり、天井でたゆたっていた水色の布が、テーブルクロス引きのように一気に引きはがされると、その上にあらかじめ溜めてあったのであろう、それはもうすごい量の桜の花びらが、新入生たちに降り注いだ。視界を遮るほどの花びらが、ライトに照らされてきらきらと輝きながら舞い落りてきた、あの光景が忘れられない。    体育館を出るとそこにはちょんまげのひとや、プロレスのひとや、着ぐるみのひとや、リオのカーニバルのひとがいて、わたしはこれから出会うたくさんのひとを想像して、胸がいっぱいになった。

 

一昨日の入学式には、ちょんまげも、プロレスも、着ぐるみも、カーニバルもなかったけれど、国旗と金屏風を背景にした学長は「皆さんが学問をつづけるために、戦争のない世界にしなければいけない」と話し、学生の幾人かはそれをうんと頷いてきいていた。入学式、みんな、それぞれの場所で、それぞれの仕方で胸をいっぱいにする日。

 

 

入学式まで我慢できずに散った桜は、むしろ咲いていたときよりもピンク色、志賀理江子の写真みたいにあやしく光る