通勤のバス、結露して曇りガラスになった窓に、信号の赤や緑が、街灯の白が、いつもより広くぼんやりと輝いている。窓をなぞって、その光を鮮明なものにしたいけれど、我慢する。わたしの指は、いつもおそるおそるしている。        祖母の家の縁側の障子紙に、少しずつ押し付けたわたしの指。雨上がり校庭、鉄棒の下に垂れ下がるしずくをなぞり、ぽたぽたと落下させたわたしの指。「おりとりて はらりとおもき すすきかな」を読んでから、すすきを見つけては折り取る前の軽さを確かめていたわたしの指。母の睫毛の先についたほこりを、瞳を傷つけないように取り払ったわたしの指。海の近くにあった皮膚科、年老いた男性医師が、そのかさかさと、ひんやりとした手で、「君はすぐにかぶれてしまうから、砂も、木も、石も、粘土も、紙も、水も、触っちゃだめだよ」と言って触った、わたしの指。わたしの指。わたしの指が、かつておそるおそる触ったものたちの、その手触りを思い出しながら、世界になるべく優しく触れて今年も生きてゆきます。

A Ghost Story(2017)-IMDb

世界になるべく優しく触れているものがすきで、だから絵がすきなんですけど、映画ではデヴィッド・ロウリーの作品がすきです。『A Ghost Story』の、大切なものにもはや触れることさえできず、眺めることしかできない、その眼差しの優しさと孤独。音楽もすばらしいので、観てみてください。

 


www.youtube.com